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2020.12.31
琉球新報 美術月評 2020年9月  黄金忠博
緊急事態宣言が解除され、徐々に展示会が再開されてきた矢先に、宜野湾のギャラリー「PIN-UP」火災事故のニュースが飛び込んできたことには驚きを隠せない。現在は展示を再開したようであるが、今後の活動を応援していきたい。

思考性の過程と成果

「沖縄芸大絵画専攻ドローイングコミュニケーション展」

(9/5(土)~9(水)県立芸大附属図書•芸術資料館(那覇市))

絵画専攻2年から教員らが出品する本展は、絵画専攻の授業の一環として行われ、今回で13回目を迎えた。絵画制作する上で「紙」に「描く」という行為は、制作発端となるアイデアスケッチからデッサンといった作品になる前の直感的感覚的なものから、作品としてのドローイングまで幅広い解釈を産むが、やはり大学院生のレベルになると個々の思考性が定まり、それらが作品へと昇華していた。その過程と成果が見えてくるのも面白い。今後彼らがどのように成長していくかが楽しみである。

沖縄芸大絵画専攻ドローイングコミュニケーション展示風景

厳選作品完成度高く

沖展2020特別展

(9/16(水)~21(月)タイムスホール(那覇市))

第72回「沖展」は803点の作品展示を3月末に予定していたが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため中止された。この「特別展」は入賞作品74点に絞ってタイムスホールにて展示開催したものである。通常であれば体育館という空間に所狭しと展示された作品展であったが、出品数が厳選されたことで、作品1点1点としっかり対峙できる空間になっていた。また照明や展示空間が整備されており、作品が映えて見えたのも良い点であろう。展示作品は全て受賞作品ということもあり、一堂に並べられたクオリティの高い作品群は見応えがあった。その中で、版画部門の沖展賞受賞作品の「瞬間浸透率α」遠藤仁美は、美大卒業制作作品として制作されたもので完成度が非常に高い。シュルレアスティックな画風から、見る者に訴えかけてくる強い力を感じた。グラフィックデザイン部門の奨励賞受賞の「環」棚原麻里奈は、切り絵の技法を用いた絵画性の強い表現で、その繊細な造形とそれにより生まれる影との関係性が美しく響き合っていた。次回は通常通り行う予定ではあるが、今回のように作品数を絞って数回に分けて展示するのも良いのではないだろうか?

「瞬間浸透率α」遠藤仁美

図書館暖かい空間に

「沖芸サテライト・ミニ・ギャラリー vol.3 長尾恵那展」

(9/2(水)~28(月)沖縄県立図書館(那覇市))

当初9/2(水)から開催予定であったが新型コロナウイルスの影響で9/9(水)からに延期して開催された。図書館で行う展示ということもあり、全て本を読む人物の木彫作品で、そのさまざまなポーズがほほ笑ましい。読んでいる本の装丁も実際のものと同じという凝りよう。本に没頭する個々とそれぞれの距離を置かれて配置されている全体が、図書館という空間と個との関係性を暗示しているようにも見える。微音で冷たく感じる図書館という空間が、丸みを帯びた造形によって柔らかく暖かい空間に変貌させている。その造形は、本を読むことで、内面が温まっていくことの可視化なのだろうか。また作品内の実在する本を図書館内で探すという楽しみ方も出来るだろう。彫刻を楽しむと同時に本を楽しむことができるこれらの作品を、ぜひ図書館に常設されることを望む。

長尾恵那「本を読む〜こまったさんのスパゲッティ〜」

コザの陰陽を視覚化

「Echoes 三島友希 豊里友行2人展」

(9/21(月)〜10/4(日) コーヒーハウス 響 (沖縄市))

豊里は沖縄コザを代表する「音楽」をテーマに演者の顔をアップに捉えた写真で表現。全身でなくあえて顔に焦点を絞ったことで、展示空間とうまく響き合っていた。 三島は、「八重島」という場の歴史を踏まえ、「性と生」をテーマにした映像作品を制作し上映。私小説のような物語は、英語で語られ日本語の字幕が付けられている。これも米軍占領下時、「八重島」で起こったことが関係している。この出来事を見えない「電波」に例えて、それをキャッチする「鉱石ラジオ」がその記憶を今につなげる役目を担う。そのことによりリアルに、そして美しく語りかけるのである。目には見えない「声」、「場」、「記憶」、「思惑」、「感情」を繊細に表現したこの2人展は、コザの持つ陰陽を視覚化した良い展示会であった。

三島友希「Electrical pylons」

研ぎ澄まされた感覚

「井上淳三 絵画展」

(9/12(土)~20(日)ギャラリーアトス(那覇市))

純粋な感覚で表現される世界はビビットで強烈な色彩。タブローはあでやかな画表面から一見油絵具に見えたが実際はアクリル絵具であり、小作品はペンとアルコールマーカーによる極彩色で描かれている。驚くことに40年もの画歴があるにもかかわらず、この個展が初めての発表だという。作品発表には興味を持っておらず、今後の予定も立っていないが、絶えず作品を描き続けている。作家本人はあくまで自己満足の世界で、今まで経験してきたことがフィードバックしてそれを形にしているにすぎないという。その行為に、野生動物の持つ嗅覚のような研ぎ澄まされた鋭い感覚を感じた。またぜひその後の作品に出会えることに期待したい。

井上淳三 絵画展展示風景