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2016.10.14
沖縄タイムス 展評

映像的作風 実在を主張

藤本英明展

(那覇市金城 ギャラリーアトス 10/8〜10/16)

 藤本英明展「キンケイエンケイ2」は、2011年から15年までに制作した「風景」をテーマとした絵画作品を一堂に集めた展覧会である。

 風景というモチーフから立ち上がるイメージを表面化する藤本の仕事からは、物体感がなく、映像的な絵画表現という印象を強く感じた。その風景は、ここ沖縄だけでなく雑誌に掲載された風景写真や、まったく空想の風景(ある惑星の風景)まである。元画像を無視して感覚的に欲する色彩を与えられた風景は、あくまで絵を描くためのきっかけに過ぎないのだろう。
 しかし、その作品群を見ていくと、ある種ストーリーのようなものを感じられる。ロードムービーのような、旅する中で出会ったある風景のような、または夢の中で見たような曖昧で心地よい場所のようにも感じる。ただ何か懐かしさだったり、眩しさだったり、日々の生活で感じる一瞬一瞬の不確かだが、はっきりとした感覚が湧き上がってくるのだ。寓話的と藤本は言うが、言葉では言い表せられない、曖昧な感情やニュアンスがここに表現されている。
 藤本の表現方法は遺跡の発掘作業のようだ。最下層に眠る風景などを上に重ねられた絵の具を削り取りながら、浮き上がらせる。非常に綿密に練られた制作工程を経る中で、モチーフを何処まで掘り起こすのか?といった画面との駆け引きが作品を生む。その行為は、記憶の奥底に眠る風景を思い出そうとすることに似ている。記憶の中にある風景や出来事などのビジョンは、明確に覚えていることもあれば、曖昧で不明瞭な部分もある。だが不思議なのは、その時の感情は鮮明に思い出せる。つまりどういった場面であったか? というより、そこでどう感じたか? という感情が強く表面化するのである。どこかで見たような、それでいて曖昧な情景。非現実的風景だが、だからこそ各々の記憶に眠る感情を刺激するのだろう。
 また藤本は、具象と抽象絵画との関係は、歌ものの音楽とインストゥルメンタル音楽との関係と似ていると言う。風景という具体的なイメージは言語に還元できるが、色彩や線、形による画面構成からは直接言語に還元されにくい。イメージに結びつかせるきっかけとして具象的な要素を用いているという。
 本展で一番新しい作品はそれまでの映像的、非物体的とは真逆の、実在感を強く表現した作風に変化している。削り取って像を現していく手法の上に、手で形を描き起こし、さらに上から絵の具を乗せ削り出しているという。つまり、描く行為が加えられた。
 緻密に計算された制作工程からはみ出し、その時に起こることに柔軟に反応して、それを楽しむ行為から生まれたという。作り込まれた歌ものの音楽から、ジャズなどの即興演奏に変化していったようなものだ。評者にとっては、この変化を感じられたことが最大の収穫だった。今後の藤本の作品が、どうなっていくのかが楽しみである。

黄金忠博

 



藤本英明展.jpg藤本英明作品