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2014.12.30
琉球新報 年末回顧 美術

芸術の世界は、社会と断絶したところにあるように思われがちである。しかし芸術は、社会を反映し、その本質を抽出し、ある形として社会に提示するものである。また芸術は、その作品や活動から希望とエネルギーを人々に与えるものである。
深く暗い過去の歴史をいまだ尾を引きずりながらあり続ける沖縄現社会。そんな社会の中、沖縄美術の潮流の一つとして画廊沖縄の活動がある。その活動は現社会に強烈に問い掛けるものだ。2014年の画廊沖縄は「状況-Identity」をテーマとして掲げ、4人の作家の企画展を開催した。
同企画展開催に伴い行われた『トーク・セッション』(5/10 県立博物館・美術館)では現在の沖縄美術界の自閉状況を打開し、政治・社会状況とつながる必要性があると訴え、最近は芸術の中身が欠落した作品が多いように感じると上原誠勇氏の問題意識から開かれたものだ。その中で金城満氏は自分の身体感覚を通して出て来るものが重要だと語った事が印象的であった。金城満の個展(5/10~25)は、自身の肌で感じる現社会の風潮に対する危機感を警告し、未来を見詰める。
今後の沖縄美術の発展には、県立芸術大学の存在が欠かせない。が、芸術専門の教育機関である同大学の社会的活動がなかなか表立って見えてこない。同大学の芸術資料館では良質な展覧会が開催されているが、社会へのアピールが乏しくあまり知られていないのが現状だ。活動をより広く知ってもらうため広報活動をもっと重要視した方が良い。教授陣の作家としての活動も重要であろう。そういった意味でことしは、知花均(9/20〜30、ギャラリー・アトス)と大城志津子(10/30〜11/5、県立芸術大学附属図書・芸術資料館)の作品を見ることができたのは有益であった。
知花均「投影」展は2001年以降の版画作品を中心とした個展である。ストイックで繊細な銅版作品やドローイング、ペインティング等の作品群から、作家としての意識をくみ取る良い機会となった。
故・大城志津子の展覧会で見る事が出来た学生の為に残した研究資料は、作品としての価値とともに県工芸界にとっても重要な財産である。人材育成の必要性を強く感じていたからこそのものであろう。
また画廊沖縄で個展を行った金城徹(1/11〜19)も鉄錆を使用したオブジェから、さらに光を導入して新たな表現の展開を見せた。今後の作品に注目したい。
山城知佳子は映画『うんじゅぬ花道』を制作発表している。このように県立芸術大学関係、出身の作家が県内外で活躍している事は、喜ばしい。
県立博物館・美術館で沖縄ルーツシリーズとして開催された内間安瑆展(9/12~11/9)は、沖縄移民二世としてアメリカで生まれ、日本で美術、版画に出会い、その後世界で評価された美術家の展覧会である。その作家の大規模な回顧展をここ沖縄で見る事が出来た事は、非常に有意義であった。
また同館では『篠山紀信写真力』(7/18~8/31)、『 20世紀フランス絵画展 』(7/15~8/31)など大規模な企画展が開催され、県立美術館があるからこそ県民に提供できたものといえる。
伊計島集落と旧伊計島小中学校舎で行われたイチハナリ・アート・プロジェクト(8/2〜9/28、主催: うるま市観光物産協会)は、3年目を迎えた。市街地の中にある作品を巡ることによって、その土地の文化を知ることにつながる。一括交付金の助成を受けてまちおこしのための美術展として行われてきたが、美術の専門知識のある人材が運営サイドにいないまま行われているため、アートと地域の関係性を深めていくような様子をうかがうことができない。また展示全体の意図、その先をどう考えているのかが、展示を見ても見えてこない。このことは、時間をかけて煮詰めていかなければ、一過性のイベントと同じ役割に終わってしまう。専門家を招いて、展覧会の質を高める必要がある。それは同時に作家を育て、ともに地域の意識も育てることに繋がる。しっかり時間をかけて育ててほしい。
そのほかに県内ではさまざまな美術団体や個人が活動しているが、県内全体での美術活動が活性しているようには見えない。他の活動と協調しながらつながり、大きな流れを生むことが必要ではないだろうか。
私事であるが、ことし4月から始まったラジオ沖縄のアート・パレットという番組で広く美術の話題を提供できたのはうれしい出来事であった。今後も美術と社会をつなげていくことに貢献していけたらと思う。
新知事が誕生し、新たな政権がスタートした。このことで芸術分野も新たに発展していくことを期待したい。

黄金忠博