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展示会

琉球新報 2013年8月美術月評                    黄金忠博

先月の美術月評で、小学校教員採用試験のデッサン実技試験の廃止や、高校美術の授業の削減など、教育の現場から美術に触れる機会が削減されている状況が報じられていたが、この事は今後の社会形成に置いて重大な問題となっていく事を感じせざるを得ない。なぜなら今後の豊かな社会を形成していく上で、発想力を育んでいく事は最重要な事と言えるからだ。美術教育は、豊かな発想力を育む為の重要な場でもある。

表現への欲求高める

一ツ山チエ展 8/3(土)~9/1(日) うらそえショッピングセンター3階特設会場

ほぼ実寸大のゴリラの親子やバイソン、セイウチなどの立体作品にはそのリアルな表現に驚く。これらは全て新聞紙などの紙で作られている。表現する上で特別な何かが必要なのではなく、身の回りにあるものでも工夫次第であれほどの作品に仕上がる事を教えてくれている。そこには、表現に対する飽くなき探究心と、自由な発想力に満ち溢れていた。作品を見る子どもたちは、見て触ってそれが作られたものである事を知る。同時に紙という素材が、このような表情を持ち形を形成させる事が出来ると知ると、自発的にアイデアをだし、自ら物を作り出していく。見て触れる事、実感する事は、新たなアイデアや発想を沸き立たせ、表現する欲求を高めていると言える。
一ツ山チエ作品

融合する感覚と映像

魔法の美術館2013 光のミュージアム7/27(土)~9/8(日)浦添市美術館

『メディアアート』と呼ばれる新しい表現の展示会は、体験型の展示で親子連れが多く見受けられた。デジタルという物体のない、触れられないものを、身体を通して体現する試みは、デジタルとアナログの融合と見る事が出来る。床に置かれた様々な石を自由に選び、それを引き出しの中に入れると、モニターの中でその石がある生物に生まれ変わる。そしてそのモニターから飛び出して、まるで本物の生き物のように壁を這い回る。映像という触る事の出来ない現象に、触覚という感覚を与え、その感覚と映像がリンクする事で、認知を増幅させるという表現は、今後の社会の中で重要な要素になる可能性を感じた。
魔法の美術館2013より

明るい未来への意思

大野雅章 FLOATING EGGS -越えて来るモノ 越えて行くモノ-(8/24(土)~9/29(日) コトノハ 宜野湾市赤道)

テーマが-越えて来るモノ 越えて行くモノ-とあるが、漂流ゴミを内包し向日葵の種や電球、ソテツの種などを表面に張りつめた大きな卵形をした物体は、海を越えて辿り着いた物体あるいは出来事に出会い、新たな物、出来事に変化して空、海(未来)に越えていくイメージを具現化したものだ。今ここで起こっている様々な問題にぶつかって、それを乗り越えていこうという思考性を感じる。そもそも人間は過去から現在に至るまでそうやって生きて来たのだ。この事の繰り返しが、歴史というものに他ならない。歴史は非情な事柄も含まれているが、大野の作品からはそれらを受け止めた上で、非常にポジティブで明るい未来を見いだそうとする強い意志を感じた。
大野雅章作品

確かな肌触りと空気

梅原龍 作品展 ”八月の鯨”(8/10 – 18 GARB DOMINGO 那覇市壺屋)

国内外への旅で出会った人々や物を通して得た感覚から、現地で得た古い木箱や包装紙、切手など、様々な素材を使い作り上げられる素朴な作品は、肌触りやその場の空気の匂いのようなものを見る側に伝えている。自らがそこに出向き、現地の人と出会う事で、双方の関係性を見いだし自己の居場所を実感する。作品は旅の思い出という訳でなく、限定した場所での出来事を描いている訳ではない。様々な場所での経験や想いが一つの作品の中に押し込められて作り上げられる架空の世界でもある。しかしその世界には、確かな肌触りと空気を感じるのである。
梅原龍作品

豊かな文化の再発見

「2013イチハナリアートプロジェクト」(うるま市観光物産協会主催)8/3〜9/1

 アートで島の活性化を計るという主旨で昨年より行われているイチハナリアート・プロジェクトは、廃校になった小中学校校舎と市街地の野外展示とで成り立っている。校舎内には、照屋勇賢など招待作家の作品や、日本こうさく学会のメンバーによる作品が展示された。
 このプロジェクトで非常に意味がある展示は野外展示だろう。その地域と密接に関係し、その中から生まれて来た作品は、島の住民を巻き込み、又来場者に作品を探す為に、地域を散策する経験をもたらした。アートを観る視点でその場の生活習慣、文化を見る事で、その土地の持つ豊かな文化が新鮮に見えてくる。
 山城芽の『海さなぎ』は、ある一軒家の一角に設置され、フクギの枝から、地元の漁師の網を用いて山城が手つむぎで創作したハンモックが吊り下げられている。このハンモックから見る風景は、フクギの葉から漏れる光を捉え、あたかも自然が作った万華鏡のような感覚をもたらす。この設置場所は涼み台といって、フクギによって太陽光を遮り、自然の風を受ける事で涼むことができる場所として作られた空間と聞いた。この事からここに住む人たちの豊かな生活習慣、発想力を感じずにはいられない。その事を再発見させられた作品であった。
『海さなぎ』山城芽

 豊かな発想力は豊かな社会を築く。そしてアートは、その事を体言化し我々に示してくれている。発想力を育む美術教育は、今後の社会を築く為になくてはならない経験であると言えるだろう。