2015.1.7
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琉球新報 美術月評 2014年12月
2014年最後の月も様々な美術表現に出会う事が出来た。県では新たな知事が誕生し、新政権がスタートした。このような社会において、美術はどのように機能し、展開していくのだろうか? |
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感覚的に語り掛ける
上原耕生
(12/4〜14 ARCADE)
「ジュネチック in コザ」(12/4〜14、一番街商店街およびその周辺)は今回で2回目となる。 地元写真家2名・大阪のギャラリスト・沖縄出身の現代美術家・タイの現代美術家の計5名を招聘し一番街商店街周辺の店舗やアートスペース・ギャラリー・商業ビル等を展示会場とすることで、地域を巡るという趣向の展示会。その中でARCADEで展示された上原耕生の作品は、失われていく建築物を記録として映像に残すだけでなく、日中撮影した映像を、夜に透明なスクリーンに投射し、その透明スクリーンを白く塗っていくことで、映像が現れてくる様を見せる作品である。ホワイトペインティングと名付けられたこの作品は、2つの映像が重なり、作家本人が2つの時間帯に存在する。日中の映像に映る作家と夜間に白く塗る作家が呼応し、真っ暗な何も見えない空間の中に、建築物が徐々に姿を現す。失われていくものを再生するかのように浮かび上がらせていく映像表現は、記録を越え、感覚的に見る側に語り掛けてくる。ただ、作家の日中と夜間のコラボレーションの意味合いが曖昧だった事が残念である。
歴史の変遷表す創造
Time Sharing 隣り合わせの時間 第3期 青野文昭
(12/10- 2015年1/13、沖縄コンテンポラリーアートセンター)
なおす、接合する行為を通じて、イメージと物質の多種多様な関係付けを追求する青野の個展では、拾った車の欠片と廃船のスクラップを中心に段ボールと合体させた作品「なおす・合体・代用・連置 2014」が展示会場めいっぱいに設置されていた。まるで地層深くから古代の遺物が発見されたかの様な、そしてその長い年月を経て、形、質とも変容していく過程が目の前に現れたようなそれは、人為的、または自然に崩壊、欠落したものを再生するために想像を膨らませ合成しながら形作る行為を繰り返し、他の物と混ざり合って元のものとはまた別な新たな存在として生まれ変わる、いわばメタモルフォーゼのように感じた。再生しようとする人為的創造行為が、結果全く別のものに変容させ、新たな未来が創られていく歴史の変遷を表しているかのようだ。そしてこの作品からさらにさまざまな創造がかき立てられ、新しい何かがうまれてくる事を期待するのである。